昭和44年04月17日 朝の御理解



 御理解 第89節
 「此方の道は傘一本で開くことができる。」

 この方の道は傘一本で開く事が出来ると。この89節から殆どが、、取次ぎの御用に立携わらせて頂く者に対する様な御理解ばっかりですね。けれども是は教師も信者もない。教会が傘一本で開けるなら、どう云う様な道でも、どう云う様な事でも、矢張り傘一本で開く事が出来ると云う事は、言えます。例えば、大きな商売を始めようと思う。その大きな商売を始める、資本金がなからなければ出来んというんじゃない。
 傘一本開きゃそういう目的を達せる事が出来ると言う事も言えます。あれがなからなきゃ、是がなからなければでけんというんじゃなくて、いわゆる無一物の中から、無尽蔵のものが頂けれるという道なんです。実を言うたら傘一本ですらいらない。けれどもここで傘一本と言うておられるのは、私は何時もこの方の道は安心一つで道が開けるんだと。神様を信じきってのそこから生まれて来る安心。
 その安心さえあればですどう云う様な道でも開けるんだという風に、私はここを頂いております。今日は、この方の道は傘一本で開く事が出来るとこうおおせられるが。この方の道は、言うなら黙っておっても開ける道だという風に、頂いたらどうでしょうか。いろいろ宣伝したりせんでも、黙っておりゃいい。なら家庭の色んな難しい人間関係でもそうです。自分の言う、思うておる事、自分のしておる事が本当だと。思いをそれを言わなければ居られない気がする。
 復通じ合わない時なんかは、矢張り説明しなければ居られない様に思うけれども、それが本当な事であるならばです、金光様の御信心はですよ。外は知らんでも金光様の御信心は、その事が本当であるならば言わんで居ってもちゃんと神様が分からせて下さる。黙って居っても開ける、開く事が出来る道なのである。そういう道を金光様の御信心は、教祖様は教えておられます。
 黙って居っても開く事の出来る道。何年まだ椛目時代でした、何年前だったでしょうか、森部の高山さんがお参りしてから、お届けをされた事があります。あの村内に非常にその、創価学会に凝っておる人がありましてね。あの信者を初めの間は一人で見えると。次には二人、三人という、段々人数を多くしてから、もう押しかけてその、まあ何ち言うですか。お導きです、いわゆる創価学会はそれを「しゃくふく」とこう言う。
 しゃくふくにそのまあ見えた。初めの間はもう村内の方だから黙って聞きよった。もうそれが、もう毎日毎日その、数を増やしてから見えますから、これはもういよいよ黙って聞きよったけれども、私堪り兼ねてから自分も上がって行ってですね、あちらの奥さんが。貴方がたのお話を頂いとると、もう創価学会は大したもんであるし、金光様の御信心なもう、一文の価値もなかごたる風に、まあ聞こえると。
 そこでその、貴方がたが仰る様に、創価学会がその様に素晴らしい宗教ならですね、貴方がたがこげんして廻んなさらんでん、必ず道は開けますよち。貴方がたが毎日毎日こうやって人数をまとめて、多くして見えるがですね、貴方がたが言われるとが、もし本当とするならね、貴方がたはそんなにして、言うならしゃくふくして廻んなさらんでも、ちゃんと信者は増えますよて。
 それは私は他所の教会は知りませんて。けれども私がおかげを頂いておる椛目の金光様の教会はね、これっこそ、先生がただ毎日御結界に座って御座るだけですよち。お導きに行く事もなかなければ、それこそ宣伝する訳でもないけれども、やっぱり日々道が開けて、日々信者が多くなって行きよりますよち。ですから、金光様の信心さえそげんですけん、貴方がたが言わっしゃるごと、それは貴方。
 そげな立派な宗教ならば、貴方がたがそげな、その宣伝員の様な事してから、導いて宣伝して廻んなさらんでん、必ず道は開けますがって言うたら、もう後は言わっしゃれやったち。そして帰りがけが良かち。高山さん、そんならいっちょ、創価学会と金光様といっちょ、どっちが勝つか、いっちょ競争してみまっしょち言うちから、表をその、出て行きがけにそういう捨て台詞を言うて帰られたとこう言うんです。
 はあ良かどこじゃありませんて言うてから、まあ送りだしたち。それからが先生、もう面白いですもん貴方、あくる日その方と上下にその、田んぼを作りよるち言うんですよ。私の方もそこへ一家中で行っとった、あっちも来ちゃるげなもん。所があなたそこの、昨日来なさった人の顔がこんなに腫れとるげなもん。だけんほんによっぽど、どうしなさったですのち言おうかと思うたばってんか、ほんに神様は黙っとったっちゃ、神様がちゃんと分からせて下さると、思うたと言うてお届けをされた事があります。
 金光様に向かってですよ、金光様が勝つか、創価学会が勝つか、いっちょなら、高山さん競争してみましょうち、と言うてその、出掛けに捨て台詞を言うて行ったその人がです、あくる日たまたま同じ上下に作っておる田んぼに出た所に、その言うて行ったその主人の顔がこんなに腫れとったとこう言うのである。あら貴方どうしなさったですかち、よっぽど言おうかと思ったばってん、まっ心の中でそれこそ、黙っておっても、神様が顔を立てて下さると言うてその話。まあそういう例はいくらも御座いますよね。
 確かに金光様の御信心はです、ね、それは矢張り、その宗教でもですよ、これは宗教に限らずですけれども、その生き方、やり方っていうのがあるんですよね。宣伝だけで売ろうという、商品は値打ち、あまり値打ちのない物だけども、宣伝だけは、上手にやってどんどん売るという生き方もありゃ、もう家は宣伝せんでええ、もう実質本意で行くと。と云う様な様々な生き方がありますから。
 どちらがどうとは言いませんけれども、金光様の御信心をさせて頂くならば、私は黙っておっても道が開けるという道でなかにゃいけんと思う。それが今金光様の御信心でも様々な生き方の事をですね、言うておる人達がありますよ。或はもう天理教の今の教えは、天理教の様な真似をせにゃいかんとか、創価学会の真似をせにゃいかんとかと様々にそれは色んなまあそのて言うんですかね。
 そういう生き方を金光教にも取り入れなければいけないと、こう言われておるけれども、矢張り、最近言われる様に、もう教祖の神様の生きられ方。教祖の神様の御在られ方というものを、自分の身に頂いて行く以外にはない。私はそう思います。最近あの、金光大神を何回も何回も繰り返し読めと、金光大神をマスターしなければならないと云う様な事が言われますのもそれです。
 金光大神のいわば微に入り細にわたっての生きられ方。しかもご自分で書き残して居られる物と言った様な物がです、そういう生き方があるのだと。言うならば打ち向かう者には負けて時節に任せよという生き方なの。向こうが五の力で、こんな、こっちは十の力で押し返して行けと言った様なもんじゃなくてです、打ち向かう者には負けておれとこういう生き方なんです。いわゆる黙っておれと云う事なんです。
  そしてジーッと時節を待てとこういう。是がどこまでも金光様の御信心であり、それが私は生き方だと思いますから、そういう生き方の中から生まれて来るもの。そういう生き方によって開けて来るもの。それが、私は金光様の御信心によって開けたんだ、おかげを受けたんだと云う事が言えると思う。ですから華々しい事はないですけれどもね、ジーッといわば辛抱して行くという生き方ですよね。
 まあ、それを一見、金光教の生き方は消極的だと言う人もありますけども、決して消極的じゃない。もう私は超積極的だと思うです。例えば、ならここに、この方の道は傘一本で開く事が出来ると仰る、そういうその、まあ地味なというかね、そういう道の開き方と云う物によって開く、そう云う事によって道を開いて行くと。金光様の教師が布教に出る。さあ毎日毎日お導きして周ると。
 そこに何がしかの信者が出来る、そこに教会が出来ると言った様なもんじゃなくてです。もうそれこそ何もないそこに布教所が出来る。そして宣伝して周るのじゃない、畳半畳です。この御結界ここに座るだけなんです、金光様の御信心は。そして来る日も来る日も、ただ黙って祈るだけなの、もし誰も参って来んならかつれ死にしなきゃならん。それでもままよと言うのですから、こんな積極的な信心はありませんよ。
 所謂死んでもままよという生き方なんです。人が助かる事さえ出来れば自分が食べる為に導いて周るのじゃない。人が助かる事の為にここに座るんだと。その替わりに救いを求め助けを求めてして求め取次ぎを願って来た者には、的確におかげを取り次ぎ渡させて貰んならんという、そういう不退転の精神。そういう勇猛心をもって私は、道は開けて来るんですから、もう積極的って言うたら。
 もうこのくらい積極的な、まあ勇ましいまでの積極性を持った、私は道だと思うとります。外面的には非常に地味なように見える、非常に消極的なように見える。けれども決して消極的じゃない。ですからそう言う様な精神と云う物が、お互い信者一人一人の上にもね、矢張りそういうお道の信心の気骨と言った様なものが、出来て来なきゃいけんと思いますね、お互いの。
 まあそこで今日は私は、この方の道は傘一本で開く事が出来ると仰る事は、この方の道はです、いわば黙っておっても開く事が出来ると云う事、黙っておっても開く事が出来るというのは、どう云う事かと言うとね。もうここには私というものがないと云う事です。私が開くて、私は黙って開くと言うのじゃない。私が開くというのではなくてです、神様が開いて下さるから、傘一本で開けるのであり、神様が開いて下さるのであるから、黙っておっても開けるのですよ。
 自分に何が出来ますか。矢張り自分が開こうと思うなら言えもせんならん、傘一本ではでけん、あれも用意しなけりゃならん、是も用意しなければでけんのですけれども。此処ん所はね、もうギリギリ神様が開かれる道だと云う事ですこの、金光様の教会、又はおかげと言うのは、神様が開いて下さる道なんだ。そこでならその神様を信ずる事の出けれる信心。神様を信じて疑わない、そこから生まれる安心。それをここでは傘一本と言うておられると私は思うのですけれども。
 黙っておっても開ける道。そこでです、なら確かに神様が開いて下さるのですから、神様がお開き下さる働き、いいですか、今日は此処ん所を頂かにゃならんです。神様が開いて下さる道、自分が開くのじゃない。黙っておっても神様が開いて下さるのだから、神様が開いて下さる道、その神様が道開きをして下さるのですから、その道開きのね、お邪魔にならん様にという生き方を一生懸命心掛けたらいいのです。
 神様が開いて下さると云う事はもう、絶対なものだと信じてですね。まあ言うなら、御結界に座る訳ですよ。一人の信者もない、そういう例えばその、金光様のこの字も知らないと言った様なところで、昔の先生方は、道を開かれたんですからね。今こそ金光様、金光様と皆が、まあ名前ぐらい知っておるけれども、こんこんさんちゃどげな神様じゃろうかと言うて、その金光様を知らない時代にです、言うならば、久留米の教会が、今年は75年になりますが。
 75年前久留米で石橋先生が、道を開かれた時にはです、金光様っちゃ誰でも知らなかっただからその金神様金神様と言うて参った。櫛原の金神さんと。家あたりの婆あたりもそげん聞いて参った一番初め。そういう中から道を開かせて頂くのですから、神様が自分が開くのじゃない、神様が開いて下さるんだと信じなければ、座っちゃおられんそれこそ、出て歩いてから宣伝して廻らにゃ金光様ちゃこげん有り難か神様ですよ。
 私はこげなおかげ頂きましたよと言うて、言うて廻ってです、おらにゃおられんのですけれども。神様が黙っておっても、開ける道だと分からせて貰う。だから誰も金光様のこの字も知らないそういう中に座る、もうそれはあの日本ではもうそうですけども、今あの福岡の西新に布教に出ておられます、国武という先生がその満州引き上げの先生ですかね。撫順ですかね満州の撫順で開かれる。
 全然それこそ金光様のこの字も知らない。はあ布教に出られてまあそのようやく家は借りた金光様は奉祭した、御結界にはそれこそ誰もやって来ん。毎日そのやって来るのは支那人の野菜やらね、その表から金光教ち書いちゃるから、支那語でチンゴンキョウち言うんですよね。チンゴンキョウ野菜はいらんかぁて言うて庭までやってくる。毎日それが楽しみじゃったち。
 庭に唯金光さんお野菜はいらんかぁと言うて支那人の野菜屋がやって来るとですね、それがその待ち遠しかったち座っとって。そういういわば厳しい中に道を立てて道を開いて行くのです金光様の御信心。と言うてなら、野菜屋を捕まえといてから、お前こげな金光教が出けとるちいう話、出けとるから近所にでもまあ言うてくれと言うて頼むわけでもない。そういう中にです、その大変いわば厳しい事だと思う。
 けれどもそこには神様を信じきると云う事。この先生のまあ余談ですけどもね、撫順に着かれたち。大体吉井の教会で修行された方なんです。甘木関係の方ですね。それがその、それこそまあ僅かばかりの旅費と、御神様をあのお社だけを背中に、撫順満州の地に行かれたんですよね。大変な気骨のある先生です。行ったっち行く場所がなかて、宿屋に行くにも宿賃がなかち。
 それもアンタもう日本じゃないですよ、満州の地でです。それであそこに何とか公園ちその、昼の間はそのペンチに神様を奉祭して一生懸命拝んだち言う。そしてその夕方、日が暮れ掛かって来て、やっぱ満州の事で寒くなりますからねだんだん。それで是はどっか宿につかにゃいかんけれどもその宿賃なし。けれどもね自分は神様を奉祭しとる。自分はどうでもええけども、神様を奉祭しとるから。
 是はそのこんな所におっちゃあいけんと思うて、折角泊まるならば、撫順一番のその旅館を探そうと言うので、まあ撫順一番の旅館に入って、そこに行ったっちいう訳ですね。そしてもうその案内も乞わずに、とにかく一番良い部屋にお供させて頂こうと思うて、まあずっとローカを通って行って一番よか部屋と思うような部屋に入って行った。そして、お床の間に神様を奉祭してから御祈念させて頂きよったら。
 そこの女将が入って来たて。まあ妙なお客さんと思うて入って来たんです。所がその金光様を拝みござるから、あらぁ、貴方は金光様信者さんですかち言わっしゃるけん。いや自分なそのこうして神様をお供して、撫順の地に布教に来た者だと。そしたらそのおかみさんがビックリしましてね。実は私も内地居る時に、金光様の信心した事あるち。これは御縁ですよと言うて、まあどうぞと言うてそれから。
 まあ酒魚用意してくれましてね神様にお供えさせて頂いて、それから何日か後に小さい家あるけれどもそこの女将が世話してその一軒の家を借りてくれたと。一番初めそう言う様な所からおかげを受けた。ですからねその神様を信じて疑わない。そこからその道が開けて来る。黙っておっても確かに開ける道だという、そういう私はね気骨のある信心が、その最近いわば金光教にもだんだん薄れて来たような感じがするんです。
 なになに教を真似しなきゃいけんような事すら、言う様な事になっておる様な、感じがするんですけれども。まっそれは別としてです、私共はですね、なら皆さんが、いちいち一人一人布教に出られる訳じゃないですけれども、皆さんの願いとしておられる、おかげの道がです、黙っておっても開けれる道なんだと云う事。何がなくてもそこで神様が開いて下さる事だけは間違いないから、開いて下さる事のですよ。
 神様が道開きをして下さる事の、邪魔にならん様な生き方に、こちらがならせてさえ頂けば良いという事なの。そこでどう言う様な事が邪魔になるか、どう云う事が邪魔にならんかと云う事を先ず極めなければいけんのです、金光様の御信心は。神様がおかげを下さろうとする、その神様の下さろうとするおかげをです。ここも出来ておる物を頂けないと言う様な事では相済まん。
 そこで私は日々の御教え、日々の御理解の中からです、私は神様のおかげの邪魔になる様な心掛けではなかろうかと、思う所から改まりが始まります。もう必死のものです、改まりと云う事はだから。神様がおかげを下さる、下さろうとしておるのに、おかげが受けられん自分と云う物がです、そのおかげが頂けない、邪魔になって居るような物が、自分の心の中にあるのだと。
 五と五を足せば十になる絶対な物なんだけれども、どんなに計算しても十にならんならんとが、八にしかならん、九にしかならんとするんならです、是は自分の計算が間違うとると云う事を先ず悟らせて貰ってです。正確な計算が出けれる、生き方を探し求めて行かなければならん。そこに、信心がある、修行がある、教えを頂かなければならないと云う事が言える訳なんです。
 今日は私、この方のお道は黙っておっても開けれる道。と言うのは自分が開くのではない。金光様の御信心はどこまでも神様が開いて下さる道。為には、その神様が一生懸命に開いて下さろうとする、その例えば邪魔にならん様な自分にならせて頂く事を一生懸命務めなければならん。そこで教えを頂かなければならん。教えを頂けば、頂く程自分のこういう心がおかげの邪魔になりよるじゃろうと。
 自分のこういうな思い違いが今までのおかげをここに、おかげを言わば押し返す様な結果になっておったんだろうと云う事を、分からせて貰うのです。そこに改まった生活が出来る訳です。例えば甘木の初代が甘木に出られました当初の事。あちらの奥様がお夢を頂かれた。ある夢の中にもう七十にもなろうかと思われる様なおじいさんが、白髪のおじいさんがね、一生懸命百姓姿で備中鍬を持ってからその開墾しておられる。
 そこの横を、奥様が通っておられると、その奥様を呼び止められてから、その方が言われるのに、わしは備中の金光じゃと仰ったち言うた。帰って安武に言うておけて。こうしてちゃんと道を創ってやりよるんだと。こういう荒地にいわば開墾してやりよるんじゃ。後は安武が種を蒔きさえすりゃ良い様にちゃんとしてやっとるんじゃという意味の事をですね、帰ったら安武に言うとけと言うてその、仰ったて言う。安武先生がおかげを頂きたいと、こう願われる。
 人が難儀な氏子が助かる事の為に一生捧げようと、こう腹を決められた。決められたらもう早速金光のいわば備中の金光が、その備中鍬持って一生懸命、荒地を開墾しておられたとこう言う。言わば神様がそうして自らが備中鍬を持って開墾して下さる。その邪魔にならん様な生き方をですね、お互いがまず体得しなきゃ、そこに私共の言わば、神様の働きの場と言うならば、信者の働きの場って言うのはそこにある訳なんです。そこんところを、私は今日のここの御理解の中から頂いて頂きたい。
 この方の道は傘一本で開かれる道であると云う事と同時に、この方の道は黙っておっても開ける道なんだと。むしふんでても、言わば商売が出けれる道だと。願ったが最後、お取次ぎを願ったが最後すっと頂けれるんだけれどもです。そこには神様の働きが必ず始まる。それを信じなきゃならない。そしてその神様の働きの、お邪魔にならん様な生き方、在り方にならせて頂く事を、追求して行かなければならない。そういう、私はお道の信心とは、そういう信心であり、そういう道だと私は思うですね、
   どうぞ。